絵画のジャンルの中に【静物画】=【Still Life】と呼ばれるものがありますが、英語からの直訳で静物画になるのは当然だと思うのですが、フランス語の場合【Nature morte】死んだ自然と表現され、スペイン語では【Bodegon】または【Naturaleza muerta】と呼ばれ、フランスのように死んだ自然を意味しています。
静物画というと、日本では印象派の様々な食卓の絵や、ゴッホのひまわりなどが有名なので、スペインのような神秘的な静物画の世界は【ボデゴン】というジャンル名で識別しないと、この世界の価値が分からないかもしれません。
食に関わる仕事をしているので、特にボデゴンに興味があるのですが、スペインのボデゴンは17世紀神秘主義に影響されており代表的な作品には、息を飲むような感動とスペインの精神世界を垣間見ることが出来ます。
最高傑作は、サンチェス・コタンという修道士であり画家であった人物の作品だと思います。17世紀スペインは【黄金世紀】と呼ばれる時代を迎え、文学、美術、音楽すべての芸術文化隆盛期として知られています。サンチェス・コタン作品には、神秘派や本質主義の精神が表現されています。
写真@museodeprado
左上に吊られている果実はカリンで、この作品には10月11月の食材が選ばれて描かれています。先ほども言ったように息をのむという表現がぴったりの作品で、この作品の前に立つと時間が止まっているというか、時間までもが宙ぶらりんとなり宇宙的なものを感じます。恐らくこの研ぎ澄まされた空気感が、スペイン神秘主義的な感覚なのだと思います。サンチェス・コタンはボデゴン以外にも色々な宗教画を描いていますが、可愛らしい印象の作品が多く、このように鋭い感覚を感じるのはボデゴンでしかありません。
もうひとりボデゴンの名人と言えるのが、天才フランシスコ・デ・スルバラン。彼の宗教画は素晴らしく、個人的に最も敬愛する画家のひとりです。ボデゴンの中にはコタンと同じように、画家の精神世界が封じ込められています。
写真@pinterest
スルバランの質感を写真で感じるのはとても困難なのですが、精密に描かれた器や水、シルバー、バラ、ひとつひとつに本質的な飾り気の少ない美しさや価値が表現されています。ずっと見惚れてしまう一枚です。
スペインのこれらのボデゴン=静物画の世界は深く、探れば探るほどハマっていくのですが、画家中の画家と言われるベラスケスもこのボデゴンの世界を極めている天才のひとりで、彼の場合は作品の随所にボデゴンが存在します。
写真@grupencilopedia.cat
この作品は【セビリャの水売り】というタイトルですが、ミステリアスな作品で色々な解釈がされています。ピカレスク小説の主人公が描いてあるという説もあれば、人間が年老いていく3つの段階が描いてあるとか。私が興味を持っているのは、静物画の部分で釉薬の掛かっていない陶器、釉薬が掛けてある陶器、そして最終的にクリスタルグラスと展開していく器のテクスチャーの違いと、特に透明な水の入ったグラスの高級感に感動します。庶民が使う陶器に囲まれた洗練されたグラスとのコントラストは、ベラスケスだからこその世界で、この雰囲気の中にあるからこそクリスタルの美しさが極まっています。
当時クリアーな水を飲むことは贅沢だったのでしょう。わざわざクリスタルで飲ませるという行為にも感動しますが、グラスの中にイチジクが1個入っているのが見えますか。こんな風にイチジクを入れることで、水をより香り高い上等なものにしているのですが、17世紀前半のセビリャでこんな風に水が楽しまれていたことには驚かされました。今ならレモンのスライスとか思いつきますが、イチジクというのが21世紀の今でもシンプルにお洒落です。こんな渋い絵にもスペイン黄金世紀の輝きがしっかりと隠れています。
知れば知るほどベラスケスは虜になりますが、ここ数年何枚も彼の絵は発見されており、しばらく前にベラスケス唯一の完全な静物画ボデゴンも発見されました。
最後にもう一枚ベラスケスの絵をご紹介します。テーブルの上に幾つかの瓶があり、仕事上私が楽しんでいるのはこういうシーンで、実はグリーンの瓶は【アルクーサ】と呼ばれるオリーブオイル用の瓶なのです。ボデゴンには様々な食のシーンが季節別に表現される場合が多く、オリーブオイルの容器は結構登場します。料理も昔から全く変わっていないものがとても多く、ボデゴン調査はこれからも益々続行したいと思っているので、また機会があったらご紹介します。スペイン絵画を楽しむチャンスがあったら、今度是非ボデゴンにも注目してみてください。
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